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京都地方裁判所 昭和27年(ワ)44号 判決 1957年4月19日

原告 株式会社北陸銀行

右代表者 中田勇吉

右代理人弁護士 上西喜代治

原告補助参加人 箕島除虫菊工業株式会社

右代表者 河野一

右代理人弁護士 種谷東洋

被告 株式会社 大丸

右代表者 北沢敬二郎

右代理人弁護士 北川敏夫

主文

被告は原告に対し金百万円及びこれに対する昭和二十四年二月一日以降完済に至るまでの年六分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において三十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

訴外山田孝太郎が、参加会社に宛て振出人欄に住所京都市下京区四条通り高倉西入立売西町七九株式会社大丸京都店商事部部長山田孝太郎と記載し、金額百万円、満期昭和二十四年一月三十日、支払地振出地ともに京都市、支払場所富士銀行伏見支店とした約束手形一通を振出したこと、原告が昭和二十四年一月三十日支払場所に右手形を呈示して支払を求めたが、これを拒絶せられたことについては当事者間争なく、原告主張のような裏書譲渡があり、原告が右手形の所持人となつたことは証人河野一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証本件手形並に同証人の証言に徴し認めることができる。

被告は本件手形の振出人欄には被告会社代表者の表示がないから無効の手形であると主張し、本件手形の振出人欄の記載中に被告会社代表者の表示のないことは被告主張の通りであるが、原告の主張によれば、本件手形は法人たる被告会社の代理人が振出した場合であつて、代理人が手形を振出す場合には、只手形行為の法律効果の帰属者を明らかにする意味で本人たる法人の表示を必要とするのであるから、法人自身の名称を表示すれば足るものであつて代表者を手形上に表示する必要はないと解するのが相当であり右主張は理由がない。

次に被告は前記振出人欄の記載を以てしては山田孝太郎が被告会社を代理する旨の表示と解し得ないから被告会社に本件手形上の責任はないと主張するのであるが、手形行為における代理たることの表示は直接これを意味する文書を以てする必要がないこと勿論であつて、手形行為が署名者自身のものでなく、本人たる他人のためのものであることが認められる程度のものであれば足るものと解すべきところ、右甲第一号証本件手形の振出人欄には、その第一行に住所京都市下京区四条通り高倉西入立売西町七九と、第二行に株式会社大丸京都店商事部と記載したうえ、更に行を改めて第三行に部長山田孝太郎との記名があり、その名下に「山田」なる認印が、また右各記載にまたがつて振出人欄の中央部に「株式会社大丸京都店」なる角印が押捺されてあるのであつて、右のような表示自体から被告会社京都店の商事部部長である山田孝太郎が被告会社を代理する趣旨の表示があると解せられるから被告の右主張も理由がない。

そこで、山田孝太郎が被告会社を代理して本件手形振出の権限を有したりや否やにつき案ずるに、これを肯定するに足る証拠なく、却つて、証人山田孝太郎、中村英俊、原田毅の各証言によれば、被告会社において手形振出をなす権限は、被告会社大阪店本部の取締役兼財務部長のみが有していて、山田孝太郎には被告会社を代理して手形振出の権限がないことが認められる。よつて進んで、原告並びに参加会社の表見代理の主張につき審案するに、或る一定の代理権を有する者がその代理権消滅後、なお代理人と称して従前の代理権の範囲に属しない行為をした場合において、もし相手方が過失なくして代理権の範囲を知らず、当該行為についても代理権あると信ずることがあり、しかも相手方がこのように信ずるについて正当な理由があるときはかかる相手方は、なお保護に値するものであるから、本人はこれに対して責任があるものと解すべきである。本件においては山田孝太郎が被告会社京都店商事部の部長として被告会社を代理し、特定の商品につき売買契約を締結する権限を有していたことは当事者間に争がなく、証人山田孝太郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二並びに同証人の証言によれば、右商事部は昭和二十三年十一月一日を以て廃止せられ、山田孝太郎は昭和二十二年五月から右廃止の日まで商事部部長の地位にあつたが、同日付を以て外商部附を命ぜられたことが認められるから、特別の事情のない限り山田孝太郎の右売買契約締結の代理権も同日を以て消滅したものと解すべきであつて、本件手形が振出されたこと当事者間に争のない昭和二十三年十一月三十日頃は山田孝太郎は右の代理権をも有しなかつたというべきである。被告は、参加会社代表者河野一は本件手形の振出を受けた当時、右代理権の消滅を知つていたし仮に知らなかつたとしてもこれにつき過失があつたと主張するけれども、前示乙第四号証の一、二は被告会社内部の機関紙であるうえ、昭和二十三年十二月十五日頃発行せられたものと認むべきであるから、これだけでは河野一が山田孝太郎の代理権の消滅を知つていたものとは認め難く、他にこれを認めるに足る証拠がないから河野一は右代理権の消滅を知らなかつたものと推定する、且つこれを知らなかつたことにつき過失があると認めるに十分な証拠もない。次に、河野一が商事部部長山田孝太郎に本件手形振出の権限ありと信じたか否かにつき考えると、証人河野一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証本件手形成立に争ない甲第二号証の一、二、三、証人新光次、河野一の各証言、参加会社代表者河野一本人訊問の結果に徴すると、本件手形は参加会社が被告会社に対して売渡した蚊取線香の代金支払として参加会社代表者河野一が振出を受けたものであり、参加会社が被告会社と蚊取線香についての取引をする場合、その発註書には発註者として、単に「株式会社大丸京都店」と表示されることもあり、或は「株式会社大丸京都店商事部部長山田孝太郎」と表示されることもあつたが、そのいずれの場合にも、被告会社商事部部長山田孝太郎が被告会社を代理しての取引であり、本件手形に押捺せられた振出人欄の記名、印影は商事部に備付けられ業務上使用せられていた印判乃至は山田孝太郎が業務上使用していた認印であり河野一は本件手形の振出を受けた際、右のような諸事実を認めることができ、証人山田孝太郎、中村英俊の各証言中右認定に反する部分は信を措き難く他に右認定を覆すに足る証拠はなく右のような事情の下に、河野一がこのように信じたことについては正当な理由があつたものと解することができる。尤も証人山田孝太郎、原田毅の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一乃至三によれば、参加会社は本件手形の振出を受ける前に被告会社より取締役財務部長振出の約束手形を少くとも三通受取つた事実が認められるけれども、この一事は右認定を覆すに足らない。

そうすると、被告は原告が本件手形取得当時山田孝太郎に被告会社のため本件手形振出の権限のないことを知つていたか否かに拘らず原告に対し本件手形金を支払う義務があるので、被告に対し手形金百万円及びこれに対する支払呈示の日の翌日たる昭和二十四年二月一日から完済に至るまでの手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める原告の請求は全部正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山口友吉)

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